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【読書感想】少女と負い目1:レイプを見る社会の視線

原題:Flickan och skulden: En bok om samhällets syn på våldtäkt

直訳:少女と負い目:レイプを見る社会の視線

著者:Katarina Wennstam(カタリーナ・ヴェンスタム)

出版年:2002年(改訂版2012年)

ページ数:286

 

2002年に発表されたこの本はスウェーデンの文学賞・アウグスト賞ノンフィクション部門の候補になった。また中高校生向けのディスカッション用資料としても使われている。

 

財布を盗まれた場合は窃盗である。財布の厚さは関係ない。持ち主が暗闇を歩いていようとも酔っていようとも関係ない。だがレイプになると、世間も法廷も見方を変える。

 

ジャーナリストの著者は怒りまくっている。この本の出版当時(2002年)の刑法では、レイプは暴力や脅迫を用いておこなわれるものであった。だから事件当時、泥酔やクスリでラリって無抵抗状態だった女性についてはレイプが認められなかった。この場合、罪名はレイプではなく「性的搾取」。だから裁判では、女性の当時の状態(血中アルコール濃度など)が問題になる。

それだけではなく、証言の信ぴょう性のために、女性の以前の性生活、アルコール癖、被害当時の服装までもが問題視された。しかしこれでは「レイプ被害に遭うのは慎ましやかな女だけ」と法や社会は言っているようなものではないか。 

 

著者が紹介する裁判資料の中には、「被害者は小学校高学年の頃からすでに男性に興味を持ち」とか「夜中に訪れた彼を自室に入れたのは彼女である」などという記述がある。まるで「ふしだらな女は襲われても当然」と言いたげに。

だから著者は、「ある女性の性生活がどうであろうと、彼女が発したNOが他の女性より軽いとは言えない」という判決文を評価する。

「女がだらしないから襲われた」こんな風潮が、レイプ被害者を苦しめる。興味本位の噂に耐え切れず転居する例もこの本に載っている。

 

2005年、刑法第6章「性犯罪」が改正され、「相手の無力状態を利用すること」がレイプの構成要件に加わった。このため、被害者が事件当時、泥酔状態であった場合にも刑法上レイプとして扱われるようになったと、著者は2012年の加筆部分で述べている。

 

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本書を読んで興味を持ったので、スウェーデンの刑法第6章の改正の様子を簡単にまとめてみた。

 

1998年改正

2005年改正

2018年改正

våldtäkt
(レイプ)

 

暴力、脅迫を使ってsamlag(セックス)及び同等の sexuellt umgänge(性的関係)に及んだ場合。

 

暴力と脅迫だけでなく「相手の無力状態を利用した場合」も加わった。

 

明白な
合意なくセックスした場合。

 

禁固

2~10年

 

禁固

2~10年

禁固

2~10

sexuellt utnyttjande
(性的搾取)

 

相手の無力状態を利用して sexuellt umgänge(性的関係)に及んだ場合。

 

 

禁固

最長6年

   

今年(2018)はさらに同章が改正され、「明白な同意のないセックスはレイプ」とみなされるようになった。

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少し日本の法律と比較してみよう。

日本の現行刑法では男性の陰茎が(女性の)膣、(男女の)口、肛門に挿入することを性交としている。被害者は男女ともありえるが、主犯は男性に限られる。

 

スウェーデン刑法の samlag(セックス)の定義も日本と同じなのだが、レイプの被害には「侵害の程度が samlag と同程度の sexuell handling(性的行為)」も含まれており、「器物や指の挿入、双方の性器の接触」が例として挙げられている。

(本書には「女性を集団で襲い、瓶を挿入して生殖器を破壊した事件があったので、1998年の法改正で男性の陰茎のみが構成要件ではなくなった」とある。)

つまり、器具や指を挿入した場合でも、主犯が女性でも、スウェーデンではレイプ犯罪が成立する。

参考

Sexualbrottslagstiftningen - Nationellt centrum för kvinnofrid (NCK) - Uppsala universitet

 

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本書ではレイプシーンが生々しく描写されており、「これを中高生が読むのか」と私にはショックだった。

警察での被害者の扱いにも触れていて、「望めば女性警察官に対応してもらえるはずなのに、被害者には伝えられなかった」とか「通報したのに警察が捜査開始するまで1年もかかった」という事例が掲載されている。警察のずさんな捜査や不謹慎な発言についても述べている。また、法廷における「第二のレイプ」にも言及している。 

著者は2004年と2016年に続編を出版している。 

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